9年間の愛憎劇にピリオド
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キエフでCL3連覇を達成した直後にクリスティアーノ・ロナウドは、
「レアル・マドリードにいられて本当に素晴らしかった。これから数日のうちに話をしたいと思う。チームメートとこのタイトルの喜びを分かち合いたい。そのあとで答えを出すよ」
と語って、世間の話題をさらった。
だが個人的に驚きは無かった。12-13シーズンに退団を仄めかす発言があったし、16-17シーズンのオフにも退団騒動があった。ただ今回が退団の可能性がもっとも高いと個人的に予想していた。それには彼の33才という年齢とフロレンティーノ・ペレスの価値観が関係している。
今シーズンのCWC決勝グレミオ戦でロナウドはこうコメントしている
「本当にここで引退したい。でもそれは僕に依存した問題ではないんだ。僕はクラブのボスではないからね。僕はピッチでできることをするだけ。僕の仕事はピッチ上だから。僕はいまのところ仕事をしていると思う。僕のことは止められない」
と語っている。これは嘘偽りない本音だろう。だが彼の願いは叶う事は無かった。
同時期にフロレンティーノ・ペレスはインタビューでこう答えている
「私がネイマールを狙っているのは周知の事実だろう。彼に言いたいのは、”もしバロンドールを獲りたければうちに来るべきだ”ということだね。他のクラブでプレーするよりも容易に獲得できるはずだ。偉大な選手が望むものを手に入れることができるチーム・・・それがレアル・マドリードなんだよ」
壊れてしまったペレス会長との関係
もうここまで書けばわかると思うが、フロレンティーノはこの時点で「ロナウド放出→ネイマール獲得」のプランをイメージしていた事は容易に想像出来る。それと同時にロナウドとペレスとの「上辺だけの」蜜月関係は終わってしまった。
「上辺だけ」と書いたのは、元々ペレスはロナウドよりも自分が獲得したカカやベイルの方を重要視していた節があるからだ。
ロナウドの獲得は前会長のカルデロンが退任前に契約を締結しており、キャンセルをすれば莫大な違約金が発生するため、ペレスとしては獲得せざるをえなかったのだ。それにその時のロナウドは24才でフットボーラーとしても、サッカー界のアイコンとしても世界最高の選手の一人であり、「商品」としてもっとも魅力的なのは疑いようの無い事実であった。ペレスとしては契約を結んだのが自分の手柄ではないのは癪だが、どう考えても獲得した方がプラスの面が大きいと踏んだのだ。
そのペレスの予想通りロナウドは9年間で驚異的なパフォーマンスを維持し続け、451ゴール(クラブ歴代最多記録)を決め、マドリーに栄光をもたらした。
だが2016年11月に契約を延長して以降、ペレスがロナウドの契約延長に応じる事はなかった。
ロナウドもそれに反抗すように2017年11月に行われてたCLトットナム戦直後に「契約を更新したくない」と発言して、物議を醸し出した。
この時のロナウドの発言の理由を推測すると「本当に俺は出て行くぞ、いいのか?」というペレスに対するアピールだろう。その証拠に前述した通り一ヶ月のCWC直後に「ここで引退したい」という真逆の発言をしている。
そして来るべき時が来て今回の退団に繋がったのだと私は考えている。
ペレスの中では
新たなアイコンを獲得してチームの中心に据える>33才のロナウドを契約延長して今の体制を維持
という図式が成立したという事だろう。
イタリアでの挑戦を選んだロナウド
勿論ロナウドもロナウドで自分の扱われ方に満足していなかった。自分がメッシとネイマールより低いサラリーである事に満足しておらず、契約延長に応じないペレスに彼は苛立っていた。その後にロナウドはペレスがネイマールを獲得したがっている事に気付き、プライドの高い彼はそれが我慢できなかったのだ。
ロナウドの退団のメッセージは感動的で友好的なものだった。ファンや仲間に対する感謝の気持ちは偽らざる本音だろう。
だがフロレンティーノ・ペレス会長に対する感謝は本当かどうか疑わしい。「そっちがその気なら、俺はユベントスでマドリー相手にゴールを決めて、放出した事を後悔させてやる」これがペレスに対するロナウドの本音ではないだろうか?それは反骨心を原動力に驚異的なキャリアを築いてきたロナウドらしい選択と言える。
ロナウドが守備大国のイタリアでどんな活躍みせるかは個人的にも楽しみだ。ベンゼマのようなパートナー無しで、どうやってアッレグリがロナウドに快適にプレーさせるのか興味深い。ユーベではマドリー程のサポートは受けられないだろうが、それも含めて彼にとっては魅力的な挑戦なのだろう。
マドリディスタの愛情を求めて
クリスティアーノ・ロナウドがマドリーに来た当初、私は彼の事を素晴らしい選手だとは思っていたが、彼の傲慢な態度と強大なエゴを問題視していた。
09-10シーズンのテネリフェ戦で彼は途中交代を告げられ、露骨に不機嫌な態度で監督のペジェグリーニを無視してベンチに座った。この時のロナウドは開幕戦から5試合連続ゴールの記録が懸かっており、本人としては交代は不当と思ったのだろう。
同シーズンのアルメリア戦はさらに酷かった。PKを失敗したのだが、そのこぼれ球を押し込んだベンゼマを祝福しなかった上に、その後ゴールを決めてユニフォームを脱ぎイエロカードを貰う、その後暴力行為で2枚目のイエローで退場受けた。
当然地元メディアはクリスティアーノ・ロナウドの不遜な態度を疑問視した。そしてそんな彼がラウールの「栄光の7番」を受け継ぐとわかった時は、懐疑的に見るマドリディスタはかなり多かったと記憶している。
最近マドリーを観始めた方には驚かれるかもしれないが、クリスティアーノ・ロナウドは最初はベルナベウの観衆からまったく愛されていなかった。しかもそれは数ヶ月の話ではない。
私の記憶ではモウリーニョの元で国王杯とリーガを勝ち取った時ですら、ベルナベウの観衆は拍手を贈る事はあったが、ラウール・ゴンザレスにしたようにクリスティアーノ・ロナウドに真の愛情を示す事は無かった。
その証拠に前述した通り、12-13シーズンの序盤のグラナダ戦でロナウドは2ゴールを決めたにも関わらず、ゴールを祝おうとしなかった。ロナウドは直後のインタビューで「ゴールを祝わなかったのは悲しいから。自分がハッピーじゃないのは、プロフェッショナルな事情だ。なぜ僕が満足していないのか、レアル・マドリーは知っているよ」と語った。
この時の真相は未だに明らかにされていないが、私はロナウドがゴール裏に陣取る「ウルトラス(応援団)」の支持を得られておらず、その事が理由で快適にプレー出来ていなかった事が原因だと推測している。そしてこの経験がクリスティアーノ・ロナウドを、人間としても、フットボーラーとしても、さらなら高みに引き上げる契機となった。
勝利のために全てを捧げて手にした絶対的エースの座
ベルナベウの観衆がロナウドを認めなかったのには理由がある。
ロナウドはそれまでもゴールを決めてはいたが、ゴールを決める事だけに意欲的で、チームの勝利のために100%を出していないと見なされていたからだ。
ベルナベウの観衆は勝利のために全てを捧げている選手のみを認める。この時のロナウドはそれに値しなかった。そしてロナウドはマドリーの7番であり続けるためには、全てを差し出す必要があると気付いた。そしてこの批判を賞賛に変える為には、自分自身が生まれ変わるしかないという事を悟ったのだろう。
そしてロナウドがその決意をピッチ上で表現した、象徴的な試合がある。2013年1月に行われたコパ・デル・レイのセルタ戦の2nd Legである。この時マドリーは敵地での1st Legを2-1で落としており、非常に厳しい状況であった。だがクリスティアーノの見事なゴール3発で逆転。試合を4-0で勝利し、ハットトリックを達成したロナウドはベルナベウの喝采を浴びた。
私の意見だが、このシーズンがクリスティアーノ・ロナウドがレアルマドリードの正真正銘のエースに登り詰めた転換期となるシーズンであり、このセルタ戦はそれを象徴する試合であった。
12-13シーズン、モウリーニョとの関係が悪化して、チーム全体のテンションが下がる中、ロナウドだけはチームを鼓舞するようにゴールを決め続けた。彼がマドリーの7番の重要性を自覚して、エースである事の責任を受け入れたのはドルトムント戦2nd Legの試合終了後の涙が証明している。
この時、ベルナベウの観衆は敗退したにも関わらず、最後まで諦めずに2ゴールを決めたチームに拍手を贈っている。その拍手の対象の中心には、この日ゴールを決められずに涙を流すロナウドがいた。「俺達のエースのロナウドが決められなかったのなら仕方ない。」そう語りかけているようだった。ロナウドがラウールの7番を引き継ぐに相応しいエースとして、ベルナベウのマドリディスタに認められた証左だった。
私は「マドリディズモ」とは「チームの勝利ために全てを捧げる」と同義だと思っている。私はマドリディスタはロナウドの事を嫌いで認めなかったのではなく、ロナウドがラウールのように「マドリディズモ」を体現してくれる存在になるまで成長するのを、厳しくも暖かく見守っていたのではないか?と今では思っている。
そしてロナウドはマドリディスタの期待に応え続け、CL3連覇という偉業を置き土産にクラブを去る。
ロナウドのパブリックイメージは今でも「エゴイスティックで排他的」という印象が強いのかもしれない。だが思い返してみて欲しい。ジダンは選手時代、ユーベから来た時も引退する時もプレースタイルはずっと不変だった。同郷の先輩であるフィーゴもそうだった。
私はずっとフットボールを観ていて、クリスティアーノ・ロナウド程プレースタイルを変えて成功を収めた選手を知らない。それは彼がチームの勝利を最優先に考えて、自分のプレースタイルを適切なプレイスタイルに矯正し、凄まじい努力を重ねたから可能だった事だ。まさに彼が「チームの勝利ために全てを捧げる」事を最優先に考えた末に辿り着いた境地と言える。
なのでクリスティアーノ・ロナウドの事を「エゴイスティックで排他的」と表現するのは適切ではない。彼は誰よりもマドリーが勝つ事を願っていた。そして今回の移籍は理由はどうあれ、マドリーに全てを捧げたロナウドの最後のワガママだ。我々マドリディスタはそれを受け入れて理解を示す必要があるだろう。
クリスティアーノ、9年間マドリーのエースである事の重圧と責任を受け入れて、マドリーを更なる高みに導いてくれてありがとう。これからのあなたのサッカー人生が明るいものである事を願っています。